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修験道と山の話
さて、だいぶ間が開いてしまいましたが、
再び修験道の話。

吉野は大峰山から、修験道の始祖と崇敬される
役行者のお話をしました。

大峰山系には、
現在も彼を尊敬してやまない修験者たちが
今も修業を続けています。
1500年の時空を越えて、
彼は修験者たちのスーパーヒーローとして
生きつづけているわけですね。

もちろん、全国に修験道の聖地といわれる場所があります。

九州……英彦山、救菩提山、
四国……石槌山
関西……吉野、高野山、比叡山
日本海側……白山、大山
関東……富士山、日光
東北……出羽三山

ってなかんじ??

とはいえ、日本の山は、すべて聖地だともいえます。
ここに上げていなくとも、必ず神社・祠があり、
修験者たちが歩く道があると考えてもいいかもしれないです。

上に上げた山々にはそれぞれ開祖がいて、
今も敬われています。

西のスーパーヒーローが役の行者だとすれば、
東のスーパーヒーローは
出羽三山の開祖・能除(のうじょ)さんでしょうか。


能除さんは、役行者よりももっと前、
6世紀くらいの人と言われています。

能徐さんは別名「蜂子皇子」と言います。

「皇子」?

ハイ。ソウデス。王子様ですよ。

彼は、6世紀大和朝廷の大臣・蘇我馬子に
殺されてしまった悲劇の天皇・崇峻天皇の
息子さんだと言い伝えられています。

崇峻天皇はあの聖徳太子の叔父にあたるので、
蜂子皇子は、聖徳太子の従兄弟にあたるわけですね。
聖人の従兄弟もまた聖人だというわけです。

崇峻天皇が殺されてしまったとき、
蜂子皇子に逃げたほうがいい、
と勧めたのは聖徳太子だったと言います。

そうして、蜂子皇子は東北まで逃げました。
そして、東北修験の開祖とされるようになったそうです・・・。


とは言え、蜂子皇子=能除さん説は、
ここ数百年で作り出された伝説のようです。
実在の人物ではどうやらなかったようなのですが、
その真偽はどうであれ、東北にも古くから
修験道が盛んに行われていたと言うことはよくわかりますね。
by ichimorimube | 2008-06-16 22:50