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幸せの話~江戸とエコ:その壱
さてさて、環境分野で今はやりになってる江戸時代。

どういう意味で注目されているかというと、
「サステナビリティ」が実現された社会だったからみたい。


この「サステナビリティ(持続可能性)」、
環境分野ではめっちゃよく出てくる単語なんですけど、
「埋蔵資源が減少しない、有害廃棄物が増加しない」
という、理想を概念化したものだそうですね。
いまや、厳密な実現は不可能とされ、
この立場を「ソフト・サステナビリティ」といい、
現実的な帰着点になっています。


おお、ちょっと難しいな。この話。

スゴイ簡単に言うと、

「資源の無駄遣いをせず、
すでに使っている資源を使いまわせば、
環境も汚さないし、資源も枯渇しないから、
子々孫々の代までハッピーだね」

ってこと。
江戸時代みたいになれれば
このサステナビリティは実現されるんですよ。
少なくともソフトなくらいにはね。


んじゃ、
その肝心の江戸時代の社会システムの
注目すべき点を上げてみましょうか。


その壱:開発事業は限界をもってほどほどに。

江戸時代、私有地はすべて検地されて、
年貢を領主に納めることになっていました。
「私有地」って言うと御幣があるかな~。
現代の「私有地」とは意味がちょっと違うかも。
何しろこの私有地、一応所有はしてますけど、
基本的に領主から預かっているものなわけで、
自分のものであって自分のものではないのですね。

んで、その領主も幕府から預かってるものであって、
自分のものであって自分のものではないんですね。
もっと言うと、自然そのものへの「遠慮」のようなものがあって、
「私心」を持ってあたってはいけない領域のものでもあったのですね。

もちろん開発をしなかったわけではないんですよ。

むしろ江戸時代初期は「大開発時代」と呼ばれるほど、
よく開発された時代でした。
でも、昔の人は賢いです。
ちゃんと限度というものを判っていたんですね。

江戸幕府開府から約50年の1666年。
幕府は「山川掟」(さんせんおきて)という法律を公布しました。

この法律は、50年間開発をバシバシやったところ、
土砂崩れが発生したり、
洪水が発生してせっかく開発した土地が荒れるのをみて、
「これ以上開発しても意味ないんで、やめましょう」
という結論を出したんですね。
そしてこの後は開発よりも農業技術の革新が図られました。
決まった土地を最大限活用するには、
技術力の革新しかないですもんね。

そして経済面では、この大開発時代を土台に、
一定の大成長を遂げました。
その大成長を背景に花開いたのが
元禄文化だったというわけ。

ここで、特筆すべきなのが税率。
この山川掟が施行された
あたりから税率が下がり始めます。

社会的インフラが整ったあと、それを使いこなすことで効率を上げていくと、
それまでよりちょっとのお金で運営できるようになりますよね。
そうすると、その余ったお金は庶民に還元するんです。
つまり減税です。

よくないですか~!??
これ!!

現代の日本政府も
バブルのときとか、景気がいいとき、
変な建物建てたり、道路作って予算を使い切るなんてしないで、
税金安くしてくれたらよかったのに。

まあ、それはともかく。

そんな感じで還元されたもんで、元禄時代には
贅沢でゴージャス、自由闊達な文化が花開いたわけですね。

(続く)
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by ichimorimube | 2007-11-29 22:11
幸せの話~江戸時代って
昨日の晩、実家にて「がばいばあちゃん」を見てました。

すると、両親が、うわ~なつかしー!
と大喜び。

「そうそう、昔はこんな感じだったわよね」

と楽しそうです。

私から見ても、貧しくも楽しい日々が生き生きと描かれて
とっても楽しい映画でした。

その中でも、最も印象的だったのは、
ものを大切にするということ。

がばいばあちゃんは、家の横に流れている川で、
上流から流れてきた野菜をとって大切に食べます。
主人公の少年は、ばあちゃんにメガネを買ってあげたくて
造り酒屋でビン洗いのアルバイトをします。
ばあちゃんが買ってくれたスパイクを
宝物のように大切にします。

そういえば、私が子供のころも、
ものは大切にしなさいと教えられました。

贈り物についてきた包み紙や紐、
手紙の切手や封筒なんかも、捨てずにとっといたもんです。

「昔はよかった」

と言うことではなくて、
どちらが豊かかと言ったら、
昔のほうが豊かだったような気がしてならないんですよね。
物質的にではなく感情的豊かさにおいで。

今は何でも買えるし、いつでも買える。
少なくともに日常的に必要なもので、買えないものはないですよね。
だから、やった~!とうとう買ったど~!!
という盛り上がりはなかなかないですよね。

やはり先日「ALWAYS~三丁目の夕日」を見ていたら、
少年が、ひょんなことから同居している貧乏な小説家に
クリスマスプレゼントで万年筆を買ってもらって
メッチャクチャ嬉しそうというシーンがありましたが、
いい表情してたなあ。ほんと。


さてさて、
ここ数年、世界的にも江戸時代の社会システムが注目されています。

ちょっと飛躍してますか。
いえいえ、ちゃんとつながってる話なのです。

江戸時代というと、士農工商なんていう身分制度がある堅苦しい時代で、
今に比べると自由もなく、鎖国もしていて内向きな時代、
という先入観のある人が多いのではないでしょうか。

ところがどっこい。
それはちょっと偏見というものかもしれません。

江戸時代の江戸というのは、当時の世界でも
最も人口の多い都市で、
教育も階級に関わらず奨励されており、
識字率も90パーセントあったといわれています。
市井の教育機関であった寺子屋は19世紀初頭で
なんと江戸府内だけでも1200から1300あったそうですよ。

ですから、明治時代に訪れた多くの西洋人は、
庶民が文字を書けることに驚き、
日常的に季節の変化を愛し、俳句や短歌を楽しむのを見て、
これほど芸術的な民族はいないのではないかといったとか。

明治維新後、日本が驚異的な速度で西洋化し、
帝国主義の餌食になることなく、不平等な条約を徐々に撤回させることに
成功できたのも、この江戸時代の文化的蓄積があったからだといわれています。

ちょっと話がずれました。
世界的に注目されている江戸時代の社会システムってなんだ、って話。

それはどの分野で好まれているかというと「環境」の分野や、
都市計画の分野なんかで好まれてるんですね。

その話は、次回ゆっくりと。
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by ichimorimube | 2007-11-24 17:48
ちょっとおやすみ
今日はちょっとおやすみで近況報告させていただきます。

そういえば、すっかりうっかりしてましたが、
最近再就職しました。

な、もんで、タイトルにある「元編集者」ではなく、
再び「編集者」、に戻りました。
これはなおしてもらったほうがいいのでしょうか>へんしゅうちょー。

ま、どちらにしても、相変わらず日本文化を味わうために
彷徨中なのは変わりがないことです。
改めてよろしくお願いします。

今度入った出版社は、自然、特に山系が強い出版社なんです。
しかし、私はめっちゃ文化系。
富士山にも登ったことないし。
尾瀬にも行ったことないし。

ううう、まずい。

どうしよう。やっぱ登るべきなのか。

思えば私たち日本人にとって、「山」というのはとても重要なファクター。
国土の七割を山地が占めているわけですからね。
日本文化もこの山を抜きにしては語ることはできません。
そう考えると、山とかかわりを持つのは悪いことじゃないはず。
前向きに考えてみようかな。
こわいけど。


さて、そんなわけで毎日が新鮮な驚きで持って過ぎていっています。
はっきり言って相当なカルチャーショックです。
今までなかったなあ、という体験や出会いがたくさん。
今後はそんなお話もご紹介して行きたいと思います。
どうぞお楽しみに!
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by ichimorimube | 2007-11-15 22:53
奈良で仏像を観よう⑥東大寺法華堂
と言うわけで、東大寺大仏殿から歩いて10分ほど。
もう一つの必見スポット・法華堂(三月堂)につきます。

この三月堂は、東大寺で最も古い建造物。
二度にわたる戦火を免れ、天平時代と鎌倉時代の建物が残っています。

そして、中にも天平時代・奈良時代の仏像がわんさかと。

三月堂のご本尊は、不空羂索(ふくうけんさく)観音菩薩像(奈良時代・脱乾漆・国宝)。
両脇には日光菩薩と月光菩薩(天平時代・塑像・国宝)、
ほかに梵天・帝釈天、執金剛神(塑像・国宝・秘仏)
金剛力士像(奈良時代・乾漆・国宝)に四天王像(天平時代・乾漆・国宝)まで。

国宝だけでもこんなにたくさん!
すっげ~!


ちなみに、塑像と言うのは、粘土製ってこと。
塑像は前にも書きましたけど、それほど残ってません。
ここの日光さん月光さんは、塑像の傑作として名高いもの。
塑像ならではの、白く細やかな質感は、なんともいえない雰囲気があります。
仏像好きには、とても人気のある像です。

ところでこの両像は、梵天・帝釈天像だとする言い伝えもあるそうですが、
私は、そちらの説のほうが正しいように思います。
なぜなら、本尊が観音菩薩像で、両脇持が日光月光というのはちょっと?。
脇持が日光月光なら、本尊は薬師如来が一般的。
例外はないとは言えませんけど。

脇持というのは、本尊の脇に仕えている仏さんや神さんのことを言います。
大体ルールがあって、メジャーなところですと、

薬師如来には日光菩薩と月光菩薩、
釈迦如来には普賢菩薩と文殊菩薩(古い時代には薬上菩薩と薬王菩薩も)、
阿弥陀如来には観音菩薩と勢至菩薩、

なんて感じです。


さてさて、話を戻しますが、
法華堂の不空羂索観音菩薩ですが、
この像そのものもそりゃもう素晴らしいものですが、
もう一つさらに国宝があります。

それは、宝冠。
水晶、翡翠、真珠、琥珀などの宝玉・2万数千個を銀糸でつなげたもの。
これだけ豪華な宝冠は、日本では唯一と言ってもいいかもしれません。
遠くて暗いしよく見えないですけど、ぜひチェックしてください。
昔の宝玉はカットもしてませんし、きらきら輝くものとは違いますけど、
これはこれでなんともいえない美しさがあります。

いや~。それにしても、
あんまりにもすごい仏像ばっかりで、何時間でも観てられちゃいます。
そして、一つ一つ語りたくなってしまいます。

でも、今回はこの辺にしておきますね。
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by ichimorimube | 2007-11-08 22:48
奈良で仏像を観よう⑤東大寺
さて、東大寺です。

東大寺は、とにかく大仏で有名ですよね!

もし、子供の頃に行ったきり一度も観にいったことのない方は、
ぜひ行ってみてください。
はっきり言って、おもわず笑っちゃうくらい大きい。
子供の頃は、ああこんもんかと思っちゃいますけど、
大人になってみると改めてこの非常識な大きさに驚きます。

大仏がでかいのはもちろんですが、そのほかのものも全部でかい。

あれだけの大仏を入れる建物です。これもメッチャでかい。
お供えのお花を入れている花入れ(花も花入れも金銅製)もメッチャでかい。
その花に止まってる蝶ちょも何でもかんでもメチャでかい。あはは!


とは言え、笑ってばかりいられません。

これだけものすごいものを作るために、
いったいどれだけのお金が使われたのか考えたら、
恐ろしいですもん。

しかも、東大寺は二回も燃えてしまってますから、
二回もお金が使われているんです。
お金お金で、俗っぽいですけど、
これがもし今燃えてしまって再建するって事になったら、
不可能かもしれません。
お金もかかりますし、もっと重要なのは材料が
集まらないということもあるでしょうし。

ちなみに、現在創建当時(奈良時代)のものが残っているのは
大仏蓮台の部分だけ。後の大仏の部分、建物は
鎌倉時代、江戸時代の再建時のものです。
現在の大きさは創建当時の3分の2だそうです。


さて、東大寺、仏像スポットはこの大仏殿だけではありません。
って言うか、クオリティという点で言ったら、
もっとすごい仏像がまた死ぬほどあります。

まず観てほしいのは、南大門にある金剛力士(仁王)像。
この仁王像は、運慶・快慶の指揮で作られたもので、
写実性というより、思い切ったデフォルメと力強さが特徴で、
鎌倉時代の名作です。

そして、もっともっと必見なのが、三月堂(法華堂)。

三月堂は、大仏殿から歩いて15分くらい登ったところにあります。
建物は平安時代と鎌倉時代のもの、
中に安置されている仏像たちは、天平時代の名作ばかりです。


(続く)
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by ichimorimube | 2007-11-01 23:23