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アジアと日本の文化交流の話。
昨日は奈良大の学者さんがたにお供してc0116774_114323.jpg
鎌倉に行ってきました。
浄光明寺というお寺さんに、
普段非公開の鎌倉時代の石仏を見せていただきました。(写真)

鎌倉といえば、

イイクニつくろう鎌倉幕府。

ですよね。なつかし~。

1192年に源頼朝さんが、
関東に軍事政権を樹立し始まった新時代。
#でも今は1192年に始まったというのは間違いであるらしい。
ま、そんな細かいことは置いといて。


鎌倉時代が面白いのは、
まさに「新しい時代」だった、と言うことですよね。
それまでの京都を中心とした国が破綻し、
下層階級だった御家人の皆さんが実権を握ったと言う。

とはいえ頼朝さんは、京都生まれのお公家さんどす(いきなり京都弁)。

彼はあくまでも「旗印」であって、実際には伊豆の豪族・北条氏を中心とした
地方の実力者たち(特に関東有力御家人)の共同政権とでもいうべきものでした。


政治の話はまあいいとして、

この時代面白かったのは、
中国との交流がものすごい盛んな時代だったと言うこと。

当時、中国は文物が発達した「宋」の時代です。
盛んに貿易もし、坊様たちもたくさん留学しました。


そんな坊様たちが日本に帰ってきてさまざまな宗派を立ち上げます。
いわゆる鎌倉仏教というやつで、
平安貴族にべったりになってしまった密教勢力への批判から
生まれたかなりオトコギあふれる仏教ですね。
栄西さんの臨済宗、道元さんの曹洞宗、日蓮さんの日蓮宗、
親鸞さんの浄土真宗とかね。
現代につながるさまざまな宗派が産声を上げたわけですが。

そんな中で、知らない人は多いと思いますが、
古き都・奈良でも、新仏教に負けちゃおられんぞ~と言う気運が高まり、
東大寺や、西大寺の坊様たちががんばっていろいろ始めたんですね。

その中でも西大寺の叡尊さん・忍性さんの真言律宗はがんばりました。

貧しい人たちのために病院や孤児院を作ったり。
被差別階級の方たちを供養するために、大きな塔をあちこちに作ったり。

現在、重要文化財に指定されている優れた石造物の数々は
この二人の指示で作られたものがほとんどです。
#ちなみに今回見せていただいた石仏も律宗がらみの石大工さんの作
だろうと言うとてもいいお顔をしてました。かなりイケメン(ここ重要)。


やっぱり、国際交流が盛んな時代の文化って面白いんですよね。
この前に書いた密教の伝来した9世紀あたりも、
大陸との交流が盛んな時代でした。
また、そんな時って社会構造がぐらぐらしていたります。
そうすると文化も面白いものがいっぱい誕生しますね。

鎌倉時代もまさにそんな時代です。


実はあまり知られてないのですが、
日中友好のための事業の一環として、
東大の先生と文科省を中心にこんなんやってます。

東アジアの海域文化と日本伝統文化の形成
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/maritime/index.html


鎌倉時代の日中交流がどんなもんだったか。
それをあらゆる分野の研究成果を総括し、
一つの像を描こうと言うプロジェクトです。

学問って、すごい細分化されてるので、
お隣がどんなことをやってるのかもよく知られていないのです。
なので、学者さんのこつこつやっている研究の成果がわれわれ
一般人の耳に伝わってくることはまずありませんが、
こういうことで、一つの絵を描くことができれば、多少なりとも還元されると。

今後、ちょびっとこのプロジェクトの末端に噛むかも知れません。
まだ分からないんですけどね;;。
まあ、面白そうだからいいかな~。
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by ichimorimube | 2007-05-29 11:21
これからこういうことしようと思います。
さて、始めるなりコユめな内容になってしまいましたね。

ダケド、日本文化を語る上で、
どうしても密教は触れときたい部分だったもんで
ご容赦くださいませね。
#今後とっても大事な要素になっていきますから


現在の日本の文化を考える上で、
いくつか考えておきたいファクターがあります。
#考える、と言うよりは知る、感じる、方がいいか…

まず第一に、
●歴史的事実を知る

歴史って、ホントいい加減なんですよ。
歴史書があっても、そのときの為政者に
都合のいいように書かれている場合がほとんどだし。。
それから、新しい発見があるといきなり1000年2000年と
歴史が変わってしまったりもします。
そういういい加減と言うか、なんというか、
知った上でちょっとだけ疑っとく、くらいがちょうどいいんですね。

第二に、
●自分の中に眠ってるものを感じる

人間はそうそう変わらないです。
1000年前の人も、「人間」として考えたら変わらない。
だから、寒いときは寒い、美しいものは美しい、そんな風に感じたはず。
もちろん1000年前と今は社会環境が違うし、いろいろ違いますよ。
でも心の中はそうそう変わらないと思うんです。

とりあえず、私は日本列島という四季のある美しい土地に生まれ、
関東地方、武蔵野国、現埼玉県に生まれ育ち、その後東京に住んでいます。
こういうなんとはないことって、意外と自分の感性に影響を与えてますよね。
無意識な部分で、自分を動かしてるものがある。
そこを感じようとすることが今とても大切なことなんじゃないかと思ったりするわけです


というわけで。そんなことを踏まえてまずは、行動。
日本列島で古くから文化があった場所を歩いてみたいと思います。

来週から、島根県に行ってきます。
古代、出雲の国があったところです。

日本史では、さも大和朝廷というのがあってそれが日本を統一して、
単一国家の現在の「日本国」になった、とか語られますが、
明治時代、国家が作り上げた幻想の一つ、と言っていいと思います。
実際にはそんなことじゃなかったんですね、と思う。
#これ、最近では歴史好きの人には一般的な感覚になってます

私たちが生まれた土地は・日本列島はもっと多様で、
さまざまな文化、人種が混在していたんです。
それを私は「豊かな国」だと思ってましてですね。
それを感じたいと思っているんです。

それをこのブログで皆さんに少しでも伝えられたらいいなあと
思っとります。
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by ichimorimube | 2007-05-22 13:29
天才ってなんだ~空海さんリコメンド③~
ところで皆さん、即身仏って知ってますか?
衆生救済を願って自ら食を断ち、ミイラになるという
凄まじい行です。

テレビとか、「世界七不思議シリーズ」みたいな本に
かなり取り上げられてますから、かなりポピュラーですよね。
こわいもの見たさで、ついつい観てしまうあれです。

こないだ埼玉の実家に帰ったとき、思いがけず
即身仏を志した坊様を祀ったお堂に行き当たりました。
なんとこの坊様は、明治6年に即身仏になるため洞穴に入ったそうですよ。
で、100年後にあけてくれと遺言したとかで、
私の母が若い頃に開けてみるときが来たそうで、大騒ぎになったとか。
結構最近の話ですよね~。妙に感動。

この即身仏、という行は東北地方に多く見られる行で、
われらが空海さんがもたらした「即身成仏」と言う考え方を
ある意味拡大解釈というか、縮小解釈と言うか、
利他行を突き詰めたと言うか、
つまりちょっと間違えて展開してしまった方法論のようですが、
それを置いても、世の中のために自分の命を捧げるという行を
遂行したと言うその精神はあまりにも凄まじいですね。
#ひょっとしたら、本質的にこの方法が間違っていると
知っている坊様もいたかもしれない。でもやる。そういう感じだったのかも。


さて。前置き長いですね。


密教の後継者となった空海さんが、日本にもたらしたものの中で
最も画期的だったのは、
この「即身成仏」と言う考え方だったかもしれません。
この考え方はそもそも密教にあった考え方でしたが、
空海さんらしい解釈を加えて完成したものです。


ものすごい簡単に言ってしまうと。

空海さんは、世俗的な知恵にも長けていた人だったので、
当時の施政者である平城天皇やそのほかの権力者の皆さんに、
分かりやすく密教について伝えようとしました。なので、

「密教を信じればけっこう簡単に仏になれますよ。
なぜなら、宇宙には仏心があまねくあふれており、
あなたの中にも仏がすでにいるからです。
それをあなたが発見すればいいんです。
密教はその方法を教えることができます」

みたいな事を説いたわけですね。

おお!?
それはいい!
それなら自分も仏になれますか!?

…と言うことで、密教は瞬く間に大流行。
*注:このあたり、メッチャいろいろはしょってます。詳しい方は苦笑いして見すごしてください。


そんなわけで、空海さんはすっかり日本仏教界の変革者となったのでした。

その後。

彼が説いた「即身成仏」の考え方や、密教的呪術的作法は
日本にそもそもあったアニミズム的な神道と習合して、
ますます発展していくことになります。

彼が持っていたバイタリティ、なんとも言えない愛嬌、
もちろん頭の良さと、世俗っぽさ、芸術家としての感覚。
そして何より、
人間が持つありとあらゆる属性を否定することなく
大きく大きく楽天的に捉え、展開していくというのが
彼の天才だったと言えるかもしれません。

現在でも彼の世界観は、日本文化にとって
決して欠くことのできない大きな基盤になっていると言えるでしょう。
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by ichimorimube | 2007-05-19 12:39
天才ってなんだ~空海さんリコメンド②~
さて、そんなこんなでニート7年を経て、
空海さんは中国へ留学することになります。


当時の中国は「唐」の時代。

楊貴妃との恋で有名な玄宗皇帝が
亡くなって100年近く経った後の唐です。

当時の唐はまさに国際都市でした。

唐代は今考えても、目がくらむように華やかな時代です。
唐帝国を建国した李氏は、
もとをただせば辺境の民族・鮮卑系の出身で、
漢民族のみによる支配と言った考えは起こさず
人種に関わらず、優れた人物を登用しました。
もちろん宗教による差別も無く、都・長安には、
ゾロアスター教、ネストリウス派キリスト教(景教)、
仏教(顕教)、密教、道教、マニ教…。
ありとあらゆる宗教、民族が共存していたと言います。


さて、そこに現れたのが、われらが天才・空海さんです。

空海さんは、その後皇帝から「五筆和尚」と言う敬称を授けられたほど、
長安文化人の中でも人気者になりました。

当時の文化人たちが、日本という辺境の地から来た
若い一僧侶をそこまで愛でたのは、その筆才と文才によるものでした。
当時、中国の価値観では美しい文章を書けること、
また書が美しいことがインテリの最も重要な要素でした。

そんな状況下、
異国の人が、自分たちでも驚くような美文を書いてみせる、
そして、書もうまい!なんて素晴らしい!
てなかんじで大人気になったと言うわけです。


さてさて、話がちょっとずれました。

空海さんは、もともと密教を学ぶために長安にやってきたのでした。

当時、密教の法統を受け継いでいたのは、「恵果」さん。
恵果さんは、密教の二流派の法統を受け継ぐ、当時唯一の人物でした。

このときすでに健康を害していた恵果さん。
数多くいる弟子たちにその頭脳にあることを伝えはしたものの、
なかなか伝え切れず、法統を継がせるにいたらない、と考えていたようです。

そこに現れたのが空海さんです。

都中で評判にもなっていた空海さん、
恵果さんは会うなり、私の後を継ぐのはあなたしかいない!
と言ったか言わなかったか、
とりあえず、二つの流派の秘儀を次々と授けました。

この二つの流派、細かい話は省きますが、
立ち上げた坊様が違うためかなり矛盾があったそうです。
それを二つ受け継いだとは言え、恵果さんの中でもまだ未整理でした。
それをそのまま伝えたと伝えられます。
そして、伝え終わった後、大胆にも
空海さんに法統を継がせると宣言したのでした。

周りの人は驚いたでしょうね~。

長年の弟子たちを差し置いて、わずか一年ほどの弟子に譲っちゃうと
宣言しちゃったわけですものね。
しかし、これに異を唱えるものは少なかったようです。
それだけ卓抜した力をそのわずかな時間で周囲も認めざる得なかったようなのです。

と言うわけで、無事、空海さんは密教の法統を受け継ぎました。

そして、ありとあらゆるお経、法具を携えて日本に帰国します。
ニートだった空海さんは、当時世界の中心だった唐の国で
密教の正統な継承者として見事に生まれ変わってしまったのです。


当時日本は偉大なる桓武天皇が崩御し、
平城天皇の御世に移ろうとするときでした。

(まだまだ続いちゃいます…)
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by ichimorimube | 2007-05-14 19:51
天才ってなんだ~空海さんリコメンド①~
さて、密教ということで、前回では
弘法大師・空海さんにちくっと登場してもらいました。

日本史上において、「天才」って言ったら、
間違いなくこの空海さんですね。
日本の文化においてこの人が与えた影響はあまりにも大きい。
ルネッサンスに対してのレオナルド・ダ・ヴィンチ、
いやそれ以上の存在と言えるかもしれない。


というわけで、今回はこの宗教・思想・哲学・文学に留まらず、
治水・工学など、あらゆる面でその才能を発揮した空海さんをリコメンド。


さてこの空海さん、四国は讃岐(善通寺のあたり)の出身。
俗名は「佐伯真魚(さえきのまいお)」と言い、
讃岐の有力土豪・佐伯氏の総領息子として誕生しました。
時は桓武天皇の御世、長岡に京があった時代です(8世紀後半)。

とっても頭が良かったので、一族の期待を背負って
京都の大学に入学しましたが、
暗記ばっかりの大学にあっという間に飽き、自主退学。
その後7年間ほど、坊主(官僧)になるわけでもなく、
私度僧として山野を巡っていたといわれてます。
#今風に言ったらニートですよ、ニート。

しかし、この空海さんのすごいとこは、
周りのおっさんたちに愛されたと言うこと。

天才と言うと、なんだか孤独な感じがしますが、彼は違う。
何にも持ってない乞食同然の青年を、奈良の宗教界の大物が
心から支援するのです。
だから、彼は、当時日本に渡来している経典のほとんどを
見ることができました。


しかも、言語の才能も抜群だったため、この期間に中国語もぺらぺらに。
それどころか、当時インテリゲンチアとして認められるうえで
最高の技能であった「詩才」にも「筆才」にも恵まれたため、
中国語でもネイティヴが驚嘆するような文章を書くことができました。

なんだこいつ。
書いててすごすぎて腹が立ちますね。

でも、これほど才能のある人って嫌われやすいのに
周囲の人に愛されると言うのは、ホント珍しいですよね。
天真爛漫な彼の性格によるものでしょうか。
ひょっとしたらそれこそが彼の最も重要な才能だったかもしれない。

彼は両親、また都で出世していた叔父をはじめ、
子供の頃からありったけの愛情を持って育てられました。
それは彼の未来を明るさで満たす光となっていたように思います。

とと、長くなるなあ、この話(笑)。

まだまだつづきます。
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by ichimorimube | 2007-05-10 19:54
日本とチベット~現代密教もがんばってます
c0116774_949498.jpg昨日は護国寺で開催されている
「チベット・スピリチュアル・フェスティバル」
に行ってきました。
http://www.gokokuji.or.jp/


ダライラマ東京事務所と真言宗豊山派の共同開催。こういう企画はなかなか無いですよね。
お互い密教の正統な伝承者であるという共通項が、このユニークな企画を実現させてのかな。
護国寺も全面協力で、普段は秘仏の如意輪観音さんやお薬師さんもご開帳してました。
仏像好きには逃せませんね。
そしてなんと言っても本物の砂曼荼羅を見られる機会はめったにありません。
それを見るだけでも行く甲斐があるってなもんです。

会場はまさにチベット仏教と真言宗のコラボレート。
民族衣装を着た女性、チベット僧に、日本人の坊様、ギャル系の女の子、
着物の女性に、境内を走り回る子供たち。
いいお天気の中なんとも言えず平和な風景で楽しゅうございました。


ところで、この「密教」ですが。
なんだかわかります?


日本にはありとあらゆる仏教の宗派が伝来し、
なおかつかなりそのまま保存されています。
#また、新しい宗派を日本人が作り出してもいます。


密教とは、秘密仏教の略。
ゴーダマ・シッダールタ(釈迦如来)を祖とした仏教に
ヒンドゥ教の一派タントラ教の影響をがっちり融合させて
インドで発生した一流派です。

私はあくまでも素人で詳しくありませんが、
仏教の中で、密教というのは本質的にどうも異質な感じがします。
#なんと言ってもお釈迦さんが唯一重要な如来じゃないんですからね。

とは言え、日本人にとってもっとも親近感のあるのもこの密教。

たとえば弘法大師こと空海さんが、
中国で中国密教の正統な継承者であった恵果さんから
正統な継承者として認められ、その法灯を日本に移しました。
#中国では密教が今にも消えそう、という危機感があったのでしょう
そのため、貴重な経典がたくさん伝来しています。
この教えを今に伝えるのが「真言宗」です。

一方、インドからダイレクトに経典を輸入し、
保存し、発展させたのがチベットです。
その中に密教ももちろんあり、9世紀後半大流行して定着したらしい。

海を越えて島に渡ったためにそのまま保存された日本。
高い山のうえに運ばれたためにそのまま保存されたチベット。
#チベットは今最大の危機にあるわけですが…

それが、この東京で出会う…。

う~んロマンだ~。


このフェスティバル、今日までやってます。
入場は無料。
お近くの方はぜひどうぞ。
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by ichimorimube | 2007-05-06 09:50
気づいたら始まっていた彷徨の旅
カム!をご覧の皆さん、こんにちは。
イチモリムベです。

「イチモリ」が姓で、「ムベ」が名です。
よろしくお見知りおきのほどを。


さて、私は現在「無職」です。

先月11年勤めていた出版社をやめまして、
人生の休暇を楽しんでおる最中でございます。

ものすごいヒマ!と叫ぶはずでしたが、
人生、なかなか思うようにはいかず。
やめてすぐに仕事でお世話になった方を訪ねて
京都、奈良を旅し、シンポジウムなど覗いておりましたら、
辞典を作りたいので、ちっと手伝って~、などという依頼などいただき、
無料で地味にお手伝いなどしつつ、先週は沖縄に滞在しておりました。


しまった!私の中に人生において重要なキーワードがいくつかあるんですが、
もうすでにわずかこの数行のうちにほとんど出してしまった……!
浅はか…。


……思えばこの彷徨は、物心ついたときより始まっていたのでした。

母親の証言によりますと、5歳の時にはすでに仏像が好きだったそうです。
また、父親の証言によりますと、最初にほしがった書籍は
『エジプトのミイラの作り方』という絵本だったとのこと。
図書館で借りてくる本も神話や民話、古典、歴史の本などばかり。

しかしいやですね~、こんな子供。
我が両親はよくもまあまっとうに(?)育ててくれたもんです。


それはさておき。


最近ふと気づいたのですが、
自分の中にはどうも一つのテーマがドカンと居座っているようなんです。
なぜ仏像が好きだったのか、歴史、民話や神話を好んで読んだのか。
そして大学では社会学を学んだのか。

それは、

「日本人とは何か、
日本文化とは何か」


というテーマです。


私はどうもこのどうしようもなく大きなテーマを訪ねて
その周辺をぐるぐる彷徨しているようなのです。

司馬遼太郎さんはじめ、さまざまな偉大な先達が取り組んできた
ものすごいど真ん中ストレートな命題。
ちょっと恥ずかしいほどまっとうなテーマ。

すごすぎて言うのも恥ずかしいので、誰にも言ってこなかったんですが、
最近歳も重ねて恥はかき捨てあたってくだけろ!という気分になってきています。
つまり、とうぶん彷徨しまくってやろう!と心に決めました。
真正面から取り組む気になってきた、ということなのです。

このブログではその辺の彷徨っぷりを記していきたいと思います。

それでは、心優しき皆様、
どうかお付き合いのほどを。
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by ichimorimube | 2007-05-01 17:35