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ラブ!格闘技~というか古武術
相撲、といえば古武術ですよね。

古武術に触れないのは、私的にはありえないので。
今回は古武術について書いちゃおうかな~。


日本の相撲については、
最古の記録は日本書紀・11代垂仁天皇の御世(紀元前60年くらい?)、
大和国出身・當麻蹴速(たいまのけはや)と、
出雲国出身・野見宿禰(のみのすくね)
の戦いで、この戦いに勝利した蹴速は、
相撲の始祖とされています。

垂仁天皇、って言うと実在しているのかどうか、
ちょっとあやしいですけど、一応日本書紀は公式記録、
ってことになってますので、まあありとしましょうね。

こう考えると、相撲は日本の古武術の中でも
もっとも長い歴史を誇るといっていいでしょう。
一般的に、相撲は農耕民族が農業の神へ捧げる「神事」として
行われていたと考えられます。
そういう意味では正しく「芸能」の一つであるわけです。

サテ一方、相撲以外の古武術で最古の記録はいつくらいかと言うと、

それは関東の最古社、鹿島神宮に伝わる「鹿島の太刀」と
呼ばれる奥義を宮司だった国摩真人(くになずのまひと)が
これに工夫を凝らし、「神妙剣」を創案したとされるそうですが、
この人が生きていた時代は大化の改新ごろだそうなので、
7世紀ぐらいの話ですか。
どうも、鹿島神宮やすぐ近くにある香取神宮と言うところは、
当時東北侵略の前哨地だったようで、
防人の訓練などで武術が発達していたと見えます。

この鹿島の武術が、日本中の武術の大元になっているとされています。

#余談ですが、鹿島神宮は中臣氏で、あの藤原氏と同族です。
奈良の東大寺のお隣にある、藤原氏の氏社・春日大社は、
この鹿島神宮を分霊したものと言われています。
平安時代「神宮」と呼ばれることが許されたのは「伊勢大神宮」と、
鹿島神宮、香取神宮のわずか三社だったことを考えると、
大和から遠く離れているにもかかわらず
不思議なほど重要視されていたことに気づきます。
面白いですねえ。


この鹿島の太刀は、香取神道流や鹿島神道流(成立・室町時代)
などに受け継がれ、現代にその妙技を伝えています。

すごいですね、今もちゃんと伝わってるんですよ。
オソルベシ!

さて、この流派流れで考えますと絶対はずせないのが
剣聖・「上泉伊勢守信綱(こういずみいせのかみのぶつな)」でしょう!
*秀綱とも言います。

私の憧れの武術家ですよ~。うふ~。

池波正太郎さんの小説なんかでもあまりにも有名。
判りやすく言うと、新陰流の始祖であり、
柳生新陰流の流祖・柳生石舟齋宗厳
(やぎゅうせきしゅうさいむねよし)の師匠です。
ああ、かっちょいい。

(続く)
by ichimorimube | 2007-09-06 01:44